出会いを大切に笑顔で日々前進!
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帰国して2ヶ月が経った今。。。
どーもブログだいぶご無沙汰してました


あのかなり急な緊急帰国から2ヶ月が経ちました。

日本で当たり前のように生活している今、ブルキナでの生活が夢のような。。。遠い昔の出来事のような。。。そんなかんじがします。



気持ちの整理がなかなか上手くできずにいたこの2ヶ月間


先週、本当に帰ってくるはずの予定だった日程にあわせて東京で帰国オリエンテーションがあり、行ってきました


久しぶりに会う同期達・・・


みんなちゃんと日本人になってる!!!笑


他の国の帰国したばかりの隊員達・・・


協力隊行ってきました雰囲気ムンムンの人ばっかりかと思いきやッ!


みんな意外ときれいな格好している人が多く


ん???あれっ???うちらの時もっと汚いかんじだったよね!?みたいな


やっぱアフリカ派遣の人たちと大洋州、中南米の人たちは全く違うみたいです

特にブルキナはアフリカの中でもけっこう厳しい環境でザ・アフリカをかもし出している所だったみたいで


でもそんなブルキナがすっごく好きで、思い返せば返すほど戻りたくなる、私にとっては第2の故郷である国

考えれば考える程、ブルキナという国が、ブルキナで出会った大切な人たちが恋しくなるから考えないようにしてた


けどそろそろ気持ちの整理をしなきゃいけないよな

っと思い、思い出を振りかえながら最後のブログを書きたいと思います



まず・・・・・

急に帰国することになり、挨拶に駆けつけてくれたたくさんの人たち


毎朝6時頃にうちの家の前を通って学校でお菓子を売ってるおばちゃん いつもとっても優しくしてくれる肝っ玉かあちゃん
お別れ 2011-04-18 001

学校で一緒に働いていた女の先生達。まだまだ男の先生が多い中、数少ない女の先生方。これからは女の人がもっともっと社会進出していけるようお手本になってください
お別れ 2011-04-18 009


アマドゥとの最後の晩餐・・・ではなく、朝食
お別れ 2011-04-19 001
お餅を食べるアマドゥ。

色んな日本食を一緒に食べたけど梅干以外は何でもいけるアマドゥ!
もはや舌は日本人化してるかも!?


家の裏に住んでる生徒統括の先生の家族。家族がいっぱいいすぎて最後まで全員の名前は覚えられなかった お別れの挨拶をしに来たけど、おばちゃんの顔みたら涙で言葉が・・・ 
お別れ 2011-04-19 006


パスタやご飯を作って売っていたいっつも元気なカディ元気がない時もカディに会うといつも元気になれた。ボロボロ泣いて目が真っ赤になっちゃった
お別れ 2011-04-19 010

道がでこぼこして砂ぼこりいっぱい飛んでた家の近くの道。羊もヤギも牛もロバもなんでも通るブルキナの道。動物も人もみんな譲り合いながら(!?)通行してたな~
お別れ 2011-04-19 011


出発する朝、私が日本に帰ると聞いた生徒達が挨拶に来てくれた。
お別れ 2011-04-19 019

「マダム。いつ戻ってくるの?すぐ戻ってくるよね?」っと聞く生徒達

なんて言ったらいいのか・・・

「いつ帰ってこれるかわからない。。。けど必ずまた来るから」

「マダム。組体操は?」

そう。最近練習を始めたばかりの組体操。

「ごめんね・・・」

とっても心が痛い。

授業もまだ途中なのに

まだ生徒達と一緒にいたかった

やりたいこともいっぱいあった

ごめんね。



フランス語もままならないのに、まだまだ初心者の先生なのに、

授業に着いて来てくれて本当にありがとう

イラッとすることもいっぱいあったけど、今ではいい思い出

みんなとの思い出は一生忘れないよ!

お別れ 2011-04-19 020



同僚のアサン。一見クールでちょっと冷めているところもあるけど、いつも困ったとき助けてくれてアサンなしではどうしようもできなかったことがたくさんあった。

出発する日も荷物を運ぶの手伝ってくれたり、私が行った後の授業を代わりに担当してくれたりと大助かり!

最高の同僚でした

お別れ 2011-04-19 026

お隣に住んでる教頭先生。森のくまさんみたいで声が大きくて、いっつも生徒達はうるさくないか?大丈夫か?って心配してくた教頭先生

お隣さんとしても、とってもお世話になりました!

お別れ 2011-04-19 027


私のことを本当の娘のように思ってくれていた学校の同僚のお母さん。

息子と結婚してくれ!って頼まれたけど、丁重にお断りさせて頂きました

最後、バス停まで見送りに来てくれて、プレゼントまで用意してくれ、涙を流してくれた本当のお母さんのような存在

たくさんの愛をありがとう
お別れ 2011-04-19 034


最後の最後まで動揺してる私をなだめてくれて、その明るさでいつも私に元気を与えてくれた私の第2のお父さん、アマドゥ。

私がボロモに来て暮らしていたほとんどの時間をアマドゥと過ごしてきた。

前世は本当の家族なんじゃないかって思えるほどいつもそばで支えてくれた人。

楽しい時は一緒に笑い、悲しい時はいつもそっとなぐさめてくれた

アマドゥに出会えただけでもここに来てよかった思える本当に本当にステキな人

お別れ 2011-04-18 004


アマドゥの奥さんのサリー 口数が少なくてちょっとシャイなところもあるけど、歳も近くてご飯一緒に作ったりして、とっても優しくしてくれたサリー 帰国してから妊娠したって聞いてビックリ!アマドゥと幸せいっぱいの家庭を作っていってね

お別れ 2011-04-19 036

ボロモのバス停。人も多いしごみも多い。売り子がたくさんいて、押し売りがはんぱなく激しいけど、みんな必死で生きていこうとする生命力がすごく感じれるところだった。
お別れ 2011-04-19 038


首都にあがった後、しきちゃんの配属先の人が挨拶に来てくれた。
若くてキレイでキャリアのあるとってもステキな女性☆
ラスト 2011-04-23 007


去年まで私の家の後ろに住んでたアシタ。今は新聞社に勤めていて、私が帰国することを聞いて大量のピーナッツを手土産に挨拶に来てくれた
ラスト 2011-04-23 009


フルーツが豊富!っとはいえないけど、帰るときは調度マンゴーの季節食べおさめしてきました!
ワガ 2011-04-21 002

ブラブラするのが楽しかったマルシェ
ワガ 2011-04-21 021

積み上げられたたちがあったり
ワガ 2011-04-21 022


大量のサンダルがあったり
ワガ 2011-04-21 025

ブラジャーがこんな風に売られていたり(笑)
ワガ 2011-04-21 034

陽気なおばちゃんがいて
ワガ 2011-04-21 031

陽気なおじちゃん がいる
ワガ 2011-04-21 037

今にも壊れそうなタクシーがぞろぞろと走り
2011-04-22 004

ヘルメットをかぶってる人たちがほとんどいないバイクがたくさん走ってる
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最後のブルキナ食
ワガ 2011-04-21 008


手で食べるのも現地の人並みにまでなりました 手で食べるとこれまたおいしいんだ
ワガ 2011-04-21 013



いよいよ出発

最後にお世話になった警備員のイスフとアルマンに挨拶
ラスト 2011-04-23 030

最後まで手を振ってくれている二人。

またいつか会おう!
ラスト 2011-04-23 041


帰国 2011-04-24 005

バタバタと搭乗口に入り、飛行機に乗る私達。

やっとブルキナを離れるという実感が少しずつわいてくる


思い返す思い出がたくさんありすぎて、自然と考えないようにしている自分

そんなときにアマドゥが行った言葉を思い出す。

「大丈夫。一生の別れじゃないから。健康で生きていればまたいつか必ず会えるから。サバアレ(なんとかなる)」っと


いつでも明るくて前向きなアマドゥ


そうだよね。また必ず会えるよね

ちょっと気持ちが楽になる



パリの空港に着き、まずトイレのきれいさにビックリ

そして自動販売機やら何やら便利なものがいっぱい

さすがは先進国


そしていよいよパリから日本へ

ブルキナにいた日々が飛行機とともにちょっとずつ遠ざかり、まるで大昔から近未来へとタイムスリップするようなかんじがしてくる


1年8ヶ月ぶりの日本

ちょっとドキドキ・・・






ブルキナを離れて約30時間、無事日本に到着!!!
帰国 2011-04-24 007



そして今、約2ヶ月間の待機を本来の任期終了とともに終え、自由の身となりました

もしかしたらもう一度戻れるかもしれないと思っていたけど、淡い期待も砕かれてしまいました


帰ってきた当初は何でこんなに急に帰ってこなきゃいけないのだと思ったりもしたけど、私達が帰ってから一週間後にさらに治安が悪化し、危険度レベルは一番上まで上がり、調整員や事務所の所員、さらには所長までもがブルキナを離れることになってしまいました。


帰ってきて正解だったと思わずにはいられない

そして何よりも私が帰ってきて安心している家族の様子を見るとこれでよかったのだと思わずにはいられない



生きて帰ろう協力隊


隊員が絶対に果たさなければいけないこと。

活動よりも何よりも命が一番大切

当たり前のことだけど、改めて生きているということ、命の大切さを考えさせられました



残すところあと2ヶ月で終わってしまったブルキナでの隊員生活

最後までいられなかったのはすごく残念だったけど、ブルキナでのさまざまな出来事、ブルキナでのたくさんの出会いは私にとって一生のかけがえのない宝物


素晴らしい経験と出会いを与えてくれたブルキナファソに心から感謝


そして協力隊に参加することに賛成してくれ、応援してくれた家族

どんなときも心の支えになってくれた彼

たくさんのエールを送ってくれた友達


本当に本当にありがとう!!!


これからどうするの?

っとよく聞かれますが・・・

知ってる人もいると思いますが・・・



7月末に入籍することになりました

アフリカ行きを賛成してくれ、約2年間待ってくれていた彼


病気で苦しんでるとき

心細くて日本に帰りたいとき

辛くてへこんでるとき


いつも優しく支えてくれました


彼がいたからどんな時も頑張れました


そんな彼とこれからは2人で新たな道を歩んでいこうと思います



おそらく最後のブログの書き込みになるかと思いますが・・・



これからも今日を今を精一杯生きていこうと思います
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帰国します
突然ですが、日本に帰国することになりました。


私だけでなく、ブルキナの隊員全員


月曜に連絡があり、次の日には首都にあがるようにと指示


はやい人では月曜の夕方にブルキナを出発し、その後も続々と出発。


私は土曜の夕方ブルキナを出発し、途中ベナンで燃料を給油し、フランスを通って月曜の朝に羽田着く予定


ここ数ヶ月続いていた学生デモや軍人によるデモの影響で治安・情勢が悪化し、国外退避となりました。



ボロモの街にいたらいつもとなんら変わらず平和な日常だけど、軍人のキャンプがある任地や首都のワガではけっこう銃声が聞こえてきたり、ワガに住んでいる日本人の家が発砲されたり、首都の隊員の宿泊所近辺でも軍人が強盗にはいったり、発砲したりとけっこう緊迫した様子だったみたい。。。



今はだいぶ落ち着いて、いつもの平和なブルキナに戻りつつあるけど、またいつ状況が一変するかわからないとのことで日本に退避することになりました。


月曜のお昼過ぎに全員日本に帰国すると言われ、急いで荷物を片付け、お世話になった人たちに挨拶しに行ったものの、荷物を片付けるにしても、挨拶するにしても時間が足りない足りない・・・


ショックとパニック状態で終始涙流しっぱなし


ほんと急すぎて、急すぎて・・・・・


しかも私の任期は残りあと2ヶ月だから戻ってこれる可能性はほぼゼロ


こんな形で同僚や生徒、アマドゥたちとお別れすることになるとは・・・



もっと同僚たちと一緒にいたかった

もっと生徒達と一緒にいたかった

もっとアマドゥと一緒にいたかった

もっとボロモの人たちと一緒にいたかった

もっともっとブルキナにいたかった



今願っても叶えられないこと


一日一日を大切に過ぎしてきてたつもりだけど、もっともっと一分一秒を大切にしながらブルキナでの生活を送っていればよかった。。。


今悔やんでももう遅い


大切なものは失ってから改めて気づくものね



気持ちの整理がまだついていないけど、今はとにかく無事に日本に帰りたいと思います


ブルキナ。。。またいつの日か



何ヶ月、何年後になるかわからないけど、必ずみんなに会いに戻ってくるからね









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インターハイ予選
2月末に予定されてたUSS-BF(日本でいうインターハイ)が延びて、延びて、延びてやっと今日開催!!!


学生デモのせいで一ヶ月以上も延期


けど今週末、なんとか開催できた☆


今年は2回目



・・・・がしか~し!大きな問題が

うちの同僚が引率できないと・・・


ってことは私一人!?


・・・・・ってことにはならず、うちの学校のフランス語の先生で、尚且つ同僚の義理の弟にあたる人が同僚の代わりに付き添うことに


なぜ同僚は行けなくなったかって??


今度は教会で結婚式やるみたい

あれ!?この前終わったよね!!?


けど、奥さんがキリスト教だからもう一回今度は別の場所でやるみたい。。。


教会で結婚式を挙げるため、ボロモから約2時間程はなれたクドゥグに行くとのこと


その結婚式が終わってからインターハイ予選が行われるデドゥグに向かうとか・・・


同僚なしでの引率。。。

できることなら避けたいとこだけど、行かなければ行けない雰囲気。



まぁなんとかなるっしょ!!!



ってなかんじで、陸上種目に出場する生徒8人を連れて、不安と共に金曜の夕方出発


道は舗装された道路ではなく、ガッタガタのボッコボコ


まぁ案の定パンクしました


なんだかんだで無事到着


去年の大会や試験で顔なじみの先生がちらほら。

「お~~~~~あみ~~~~~!!!!!!」ってなかんじで感動の再会

同僚がいない不安感、ちょっと軽減


夜の先生達のミーティングにもしっかり参加!


おっっ!なんか引率の先生ってかんじ


同僚がいない分、連絡事項を聞き逃さないよう集中


ミーティングも無事終わり、学校の教室で女子生徒たちと寝ることに

ブルキナでの生活もすっかり慣れたのもあり、バケツでの水あび、トイレ、雑魚寝もスッカリ慣れてしまいました


・・・・っがしかし!!他の学校の生徒もいっぱいいて、とにかくうるさい!!!!!


しかも深夜~朝まで騒音はおさまらず・・・


結局ほぼ一睡もできず


そんなこんなで朝5時に起き、6時に出発。


6時半に始まると言われたけれども、やっぱり時間通りには始まらず


一時間遅れてやっと開始!


去年は見てるだけだったけど、今回は審判としてお仕事


えーーーーーっとここはまだ、タイムの計るのは手動、着順も目視ってことでわたしは着順係り


下の写真は男子リレーの写真。スパイクをはいている人はゼロっていうかほとんどの人が裸足。。。
2011-04-16 008


うちの学校の生徒は80mと100mと走り幅跳びと三段跳びに出場


結果は中2の女の子が80m優勝、走り幅跳び2位、中4の女の子が三段跳びで2位入賞


この2人は全国大会へ


男性陣はほぼ全員がビリケツ。。。


今回の大会は学校が閉まったりということもあり、練習が思うようにできず、全体的に結果が悪かった


でもみんなよくがんばりました



私も最初はやだやだと思っていた引率だったけど、来てしまえばどうってことなかった。


っていうかむしろ来てよかった


他の学校の先生とも交流できたし、生徒達にもきっといい経験になっただろうし!


あっっ結局同僚は来れなかったけど


まぁぁそうなると思ってたわ



何事も恐れてばかりいては始まらないってことを学んだ2度目のインターハイ予選でした



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ブルキナから応援メッセージ ~パート1~
日本に大地震が起きてから今日で1ヶ月


被災地にいる方達にとっては恐怖や苦しみ、悲しみに包まれた1ヶ月だったことだろう


そして今だ大きな余震が続き、恐怖もおさまらないであろう毎日


日本のニュースを聞くたび、胸が痛くなり、いてもたってもいられなくなる



この1ヶ月。。。


家族や親戚、友達、愛する人のことが心配で眠れない日々が続いた


自分が今ここにいる意味がわからなくなり、今すぐに日本に帰ろうかと何度も思った


自分の活動に対してやる気を無くし、気分は落ち込む一方



地震でたくさんの人が苦しんでいるのかと思うたびに


家族や大好きな人の声を聞くたびに


現地の人たちが優しく励ましてくれるたびに


涙が流れてくる



被災地の人たちは泣きたいのに泣けない状況だったり、弱音なんか吐けない状況なのに。。。

自分が情けない・・・



そんな沈んでばかりいる私に届いた高校の時の後輩からのメッセージ


亜美先輩のブログを見て元気をもらいました

一生懸命生きてます

私も頑張るので亜美先輩もブルキナ最後の日まで全力で笑顔で頑張ってください っと書かれてあった



私が書いてる何気ないブログで誰かが励まされてるなんて思ってもみなかった

被災地にいる人が一生懸命生きて、頑張ってるのに。。。落ち込んでる場合じゃない

私にももっと何かできるはず

今できること精一杯やろう




そうして考え付いたのがブルキナから送る応援メッセージ

生徒達の協力を得ながら、日本にエールを送っていきたいと思います


日本に起きた地震のこと、多くの人が被害に遭い、辛い中みんな頑張って生きてること、日本の人たちが少しでも元気になれるようメッセージを送りたいということを生徒達に説明


日本で起きたことをほとんどの生徒が知っていて、快く引き受けてくれました


みんな
エール 2011-04-11 013

一生懸命
エール 2011-04-11 017

こころを込めて
エール 2011-04-11 016

メッセージを書いてくれた
エール 2011-04-11 019


簡単なメッセージかと思いきや、ちゃんと下書きまでして、こんなにビッシリ!!!
エール 2011-04-11 027


え。。。。。頑張って翻訳しました


エール 2011-04-11 024

「私は高校2年生、18歳の学生です。日本で地震が起きたこと、福島(文中ではホグシマって書かれてた)で原発が問題になってること、ニュースで知りました。家族・親戚を亡くされた方、友達・同僚を亡くされた方、ご冥福をお祈りします。私は今回大災害で被害に遭われた方達のために神に祈ります。希望を見失わず、元気を出してください。行方不明になった方が一日もはやく家族・友人のもとへ戻ってこれるよう祈ってます。ケガをされた方、一日もはやく良くなること祈ってます。亡くなられた方が安らかに永眠できるよう祈ってます」

エール 2011-04-11 026

「地震で多大なる被害に遭われたことお悔やみ申し上げます。神が起こしたことだけれど、神を恨まず神のことを好きでいられるよう願ってます。地震が静まり、二度と地震で苦しむことのないよう祈ってます。亡くなられた方のご冥福を祈ると共に、生きている人たちが幸せに暮らせるように、一日もはやく平穏な日々が訪れるように、地震の苦しみを忘れられるよう心から祈ってます」

エール 2011-04-11 033

「私はボロモ高校に通う2年生です。日本で起きた地震で多くの犠牲者が出ていること、とても悲しく思います。私達はあなた達の苦しみをともにします。行方不明の方が一日もはやく見つかり、亡くなられた方が安らかに永眠できるよう祈ってます。最後に私達の思いを伝える機会を与えてくれたマダムに感謝します」

エール 2011-04-11 030

「日本の兄弟、姉妹のみなさん。(※ここでは親しい人のことを兄弟とか姉妹と呼ぶ)涙とともにこの手紙を書きます。多くの人たちに被害を与えた地震のこと聞きました。ご家族・友人を亡くされた方、ご冥福をお祈りします。神が苦しみを和らげ、安らぎを与えてくれますように。神が日本、そして世界を大災害から守ってくれることを祈ってます」


高校2年生のクラスの生徒達

翻訳しながら涙がでそうになった

すごく元気づけられる文ばかり



このメッセージを見て、一人でも多くの人がちょっとでも元気になれること祈ってます


このシリーズ、まだまだ続きます!!!
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一攫千金を狙え!?
学校もお休みで、家にいても気分が沈む一方。。。



っということで、今日は気分転換に外に出ることに


ブルキナには「金山」がいくつかある


そしてここボロモにもついに金山を発見!!!

誰が発見したのか謎だけど。。。


その金山を見に、アマドゥとお出かけ


ボロモの中心地から約3km離れたところにある金山


こ~んな何にもない田舎道を進んでいく
金 2011-04-09 065


突如現るちょっとした集落
金 2011-04-09 037


おっ!金山発見!!
金 2011-04-09 036

とにかくものすごい数の人・人!!!

一ヶ月前始まったとは思えないほど。

金あるところに人集まる・・・っといったかんじ


この小さな穴の中に入って金が混じってる石を集める
金 2011-04-09 034


約10mほど続く地底

中は階段みたくなって奥まで続いてる
金 2011-04-09 035

アマドゥ落ちないようにね!!
金 2011-04-09 039


掘って集めた石を今度はひたすら砕く
金 2011-04-09 021

とにかく地道な作業。

どうやらここで働いてる人たちはただの石か、金が混じってる石か区別ができるらしい
金 2011-04-09 023


砕いた石を今度は機械で粉々にする(残念ながら写真なし・・・)


粉々にしたものを今度は洗う
金 2011-04-09 025


さぁ!終盤!!洗って、洗って、ひたすら同じ作業
金 2011-04-09 028


見えるかな!?上の方に見える黄色い物体
金 2011-04-09 053

これが

想像してた金とは全く違く、金っていうか金粉!?


1gで22500CFA(約4500円)なんだってー!!
※ブルキナべの1ヶ月の平均収入が約20000~30000CFA(約4000~5000円)くらい


いやぁぁ。。。でも1g集めるのはかなり大変だわ


朝から晩まで大変な、そして地道な作業に没頭するブルキナべたち


アマドゥの情報によると、金を掘り始めてから一ヶ月もしてないのに、700000CFA(約140000円)稼いだ人がいるみたい!


まさに一攫千金だわ
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